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他の患者に不公平だ。 あなたの持ち時間は5分だ」といわれたという。
その後、Aさんは医者に症状を全く説明することもなく、同じ処方菱を1年以上もらいつづけ、医者が「この治療は馬鹿げている」と突然いったので、医者を替えたという。 けっして珍しいケースではないようだ。
たとえ急患であっても、予約患者が優先され、1時間から3時間は待たされるという。 イギリスでは通常の診察の場合、医者は患者の胸に聴診器も当てず、注射もせず、風邪の場合は「アスピリンを飲みなさい」というだけで、診療もしないという(たしかに、この部分は正しいかもしれない。
過剰な医療への期待で、風邪で医者にかかりすぎるのは、日本だけだろう。 ただ日本では親切心から、あるいは患者を満足させないと患者が来なくなるという理由から、風邪薬は効かないと実証されているにもかかわらず風邪薬を処方する。
この点が日本とイギリスの違いだろう)。 イギリスの医療の荒廃ぶりはすさまじいものがある。
というのも、医療が荒廃してくれば、そこで働く医者たちもリスクが大きくなり、患者からの攻撃を受けることになるからだ。 近藤克則氏が書いた。
医療費抑制の時代」を超えて』という本によれば、イギリスでは新規登録医師数が、1995年には1万1000人だったが、2000年には8700人にまで減少しているという。 患者からの攻撃をいやがって、医者が海外に移住したからだという。
イギリスでは、NHS(国民保健サービス)が1948年に設立され、原則無料で医療が受けられるようになっている。 つまり医者も国営企業の一員のようなものである。

それに医療費抑制という圧力が加わってくる。 どんな組織でも国営であれば、サービスの低下は免れない。
さらに患者からの厳しい要求、突き上げ、訴訟などが起きてくる。 ますます医者の仕事の環境は悪くなり、使命感で仕事をしていた医者ですら、現場を放棄してしまうのだ。
日本も国が医者を管理するようになれば、心臓手術では10年待たされるというイギリスのような医療になりかねない。 医者は、医療費抑制のために国から締めつけられる。
他方、患者は「医療は絶対的で、安心できるものだ」というイメージを植え込まれている。 これでは、いつまで経っても医者に向けられるまなざしは期待と攻撃の入り混じったものであり、国の政策と患者の要求の狭間で、ジレンマに引き裂かれてしまう。
医療費抑制政策を押し進めれば、結局は医療の崩壊をもたらし、最終的には患者が追いつめられてしまう。 私たちはイギリスの医療事情を他山の石とすべきだろう。
健康で長生きしたいという願望は誰にでもある。 だからこそ、怪しげな健康食品があらゆるメディアに広告をだし、私たちは毎日それを目にしている。
まさしく人間の欲望を反映しているかのようだ。 たとえ人前では、「人間の命は永遠ではない」「そんなに長生きしたくないですよ」といっている人でも、いざ自分が死に直面してみると絶対的な生を求めてしまうものだ。

人間の遺伝子に組み込まれた生きる欲望なのかもしれない。 だからこそ、自分が重い病気になり、家族が生死の境をさまよう事態に向き合うと、医者と必死に対時することになる。
その必死さが度を過ぎると、医者に対するある種の不寛容があからさまになってしまう。 少しのミスも許さないという姿勢、あるいは現代医療に対する過信から、「どんな病気でも治せない医者はおかしい」「病院へ行ったのに病状が悪化するのは医者の腕が悪いせいだ」という論理になってくる。
ゆえに、医者はつねに患者からの攻撃の的になっている。 さらにメディアは、世論重視の視点から、医療事故はすべて病院や医者、看護師に責任があると追及する。
むろん、いまの日本の医療の仕組みには多くの問題があることは事実だ。 指摘されないのはおかしいと思うが、メディアは決してそんな視点をもてない。
だから、いつまでたっても医者と病院は悪者のままにされてしまうのだ。 こうした傾向は、今の医療が完全に機能不全に陥らない限りつづくだろう。
医療の現状を冷静に見て、中立の立場で、将来を考えて主張をできる人がほとんどいないのが問題なのだ。 勤務医という仕事がいかに厳しいかは、病院に勤務している医者なら誰でもわかっている。
それでも病院で働き続けるのは、実に不思議に思えてくる。 そこには医者の微妙な心理があるからだろう。

使命感が彼らをそうさせるのであり、患者を救うことが生き甲斐になっている。 経済的なものだけを絶対的な目標にしていないから、厳しい労働条件にも耐えていけるのだ。
医療崩壊の原因の一端は、医療を受ける患者側にもあるはずだ。 あるいは志の高さを象徴していると言えるかもしれない。
むろん、そのような立派な志をもった勤務医ばかりではないが、現状に文句を言いながらも、それを変えようとか、現状から脱出しようと思わないのは、「大学病院の勤務医」という肩書きが社会的に評価されているという思いこみがあるからだろう。 つまり、今の医療は、経済効率で成り立っているわけではない。
そこに市場性を持ち込めば、医療制度が一気に崩壊していくのは目に見えているということだ。 それなのに、流れは医療崩壊へ突き進んでいるのだ。
大病院で小児科医、婦人科医が足りなくなったのは、単なる前触れに過ぎない。 このまま進めば、さらに過疎医療や地方の医療が崩壊し、医者自体を希望する人が減るという最悪の事態が待っているのだ。
使命感や高い志をもった人だけが医者になればいいというのであれば、ごく限られた人が医者になるだけで、絶対的な数が足りなくなる。 結局、医療を受けられない人が生まれることになるだろう。
組織に従順で沈黙を続ける医者に支えられてきた医療は、その臨界点に近づいている。医学が絶対的なものでなく、暖昧な科学であると拙著『医学は科学ではない』で指摘したところ、その反響はさまざまだった。 臨床医からはその通りだという意見が多く、いわゆる理系の方からは、当たり前ではないかとかという指摘もあった。
重要なことはいまだに多くの患者が「医学は絶対的なもので、医者の答えは誰に聞いても同じものである」と信じていることだ。 患者はあまりにも医学に対して大きな期待を寄せすぎているとしか思えない。
医療費を押し上げる最大の理由は「医療に対する期待感」と指摘されていることは前述したが、科学への期待というのは、人間の根源的な欲望でもあるからそれを変えることは非常に難しいだろう。 遺伝子の解析が進み、遺伝の仕組みが完全に解明されれば、遺伝子による人間の差別が行われるようになるのではないかと危倶されていた。
ヒトゲノムが解読されても、その機能がまだわからないこと、遺伝子そのものの謎が深まったことで、まだ遺伝子解析が社会に影響を与えるところまできていない。 近い将来、科学技術は遺伝子の謎もクリアして、遺伝子と人間の関係を明確にするだろう。

場経済に持ち込まれれば、人の価値すら遺伝子が決めかねないことになるはずだ。 過去を振り返ってみれば、人間は手に入れた科学技術を放棄しないことは実証されている。
原子力も戦争に使われ、放棄するどころではなく、さらに地球規模での危機が迫っているともいえる。 つまり、人間はいちど手に入れた科学技術を放棄しないといえるだろう。

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